《親戚の女性》が、私に電話で打ち明けた、「繰り返される不倫」の悩み──それは、彼女自身が心の奥底にしまい込んでいた「カルマ」と向き合うきっかけとなりました。
不倫を繰り返してしまう背後には、自分を責め続ける心のパターンが隠れています。
この記事では、繰り返される関係の裏にある「カルマ」を解きほぐし、癒しへとつなげるためのヒントを探ります。
第1章:不倫の繰り返し──カルマが生み出す恋のパターン

《親戚の女性》から久しぶりに連絡があったのは、肌寒い春の始まりでした。桜にはまだ早く、それでも空気の向こうにわずかな春の気配が漂っていた午後のことです。
彼女は、以前、不倫の問題で悩んでました。たまたま相談に乗ったのが私で(とは言っても、打ち明け話に耳を傾ける役どころぐらいしか果たせませんでしたが)、今回の電話はそれ以来のことでした。
そのとき彼女は、その関係に終止符を打ったと話していました。自分のほうから離れたと。充分に悩み抜いた果ての決断のはずでした。
電話の向こうで、わずかな躊躇のあと、彼女は言いました。
「……あの人のこと、まだ終わってないの」
それは彼女の電話とわかったときから、すでに予感していた言葉でした。
「どうしてなのか、自分でもわからないけど……また連絡してしまったの」
自分でも止められなかったのだと、彼女は小さくため息をつきました。もう二度と会わないと決めたはずだったのに、気がつけばまた、同じ場所に立っていたのです。
罪悪感、自己嫌悪、それでもなお抑えきれない感情。彼の名前がスマホに浮かんだとき、ふいに彼の夢を見たとき、理性よりも先に心が動いてしまったと話しました。
「私、同じこと、また繰り返してるんだよね……」
その言葉は、私に向けたというより、自分自身への問いかけのようでした。そしてそれは、まさに今の彼女が抱えているテーマの核心でもあったのです。
この話を聞きながら、私にはふと、こんな疑問が浮かびました。
「人はなぜ、同じ過ちを繰り返してしまうんだろうか?」
一度きりなら偶然で済みます。でも、それが二度、三度と繰り返されるなら、そこには何か“繰り返させているもの”が存在するのではないか……そう思ったのです。
もちろん、彼女自身もそれは分かっているはずです。頭では理解している。けれど、心が追いつかない。だから、また同じ苦しみの中に落ちていくのです。
それはまるで、見えない磁石が心のどこかにあって、彼女を同じ場所に引き戻しているかのようでした。
私は、少し言葉を選びながら伝えました。
「もしかしたら、それは“カルマ”なのかもしれませんね」
電話の向こうで、彼女はしばらく黙っていました。でも、その沈黙には否定の気配はありませんでした。
「……彼と出会ったとき、前にも会ったことがある気がしたって、言ってたよね」
「うん、言ってた」
「それがもし、過去のどこかでの出会いの続きだとしたら……本当に終わらせなければならないのは、“今の関係”じゃなくて、もっと深いところにある“この関係が抱えているテーマ”なのかもしれません」
私がそう続けると、彼女は小さく笑うような声で言いました。
「やっぱり、聞いてもらえてよかった。あなたに言われた“前世”の話、あれからずっと引っかかってたの。でも、今は少し違う。これはもう、“あの人”じゃなく、“私の中”の話なのかもしれないって……そう思えてきたの」
これは、ただ誰かと出会った物語ではありません。出会いを通して、自分自身の魂の中に繰り返される問いと向き合っていく物語なのだと、私は感じました。
そして、そっとノートを開き、彼女の言葉を書き留めたのです。
第2章:不倫がカルマを生むとき──その苦しみと救い

「なんで私は、こうなってしまうんだろう……」
彼女は、自分を責めるようにそう言いました。
「やめたい」「もう繰り返したくない」と思っているのに、気がつくと、またあの人の声を待ってしまう。
たとえ音信が途絶えたとしても、心のどこかでは、次の連絡を待ってしまう。
そんな自分を、彼女は何度も嫌いになりかけてきたようでした。
「これって、ただの執着なんかな……それとも、私がおかしいのかな……」
私は、すぐに否定も肯定もしませんでした。
ただ、その気持ちに静かに寄り添いながら、少しずつ言葉を重ねていきました。
「“カルマ”という言葉──それって、単なる“前世の報い”とか“悪いことの代償”みたいに思われがちだけど、実際はもっと繊細で深いものらしいんだ」
彼女は、受け止めるように小さくうなずいたようでした。
そこで、私はさらに言葉を続けました。
「カルマは、“乗り越えられなかった感情”の残り火みたいなものだと思う。過去の人生、あるいは今世の過去の出来事の中で、ちゃんと向き合えなかった気持ちや、置き去りにした想い──そういう“未完の感情”が、形を変えてまた目の前に現れてくるらしいんだ」
彼女は動揺したようでした。
「……たしかに、似たようなこと、何度も繰り返してるかも」
彼女が言うには、これまでの人生の中でも、誰かに強く惹かれて、自分を抑えられなくなった経験が何度かあったそうです。
表面の出来事は違っていても、心の底に湧き上がる感情は、どこか似ていた。それは「求められたい」という思いであり、「必要とされている実感」を通して、自分の存在を確かめようとする衝動だったと言います。
「私は、たぶん……あの人を通して、自分自身を見ていたんだと思う」
その言葉に、私は深くうなずきました。
「それこそが、カルマの働きなのかもしれない。
つまり、“あの人”が問題なんじゃなくて、“あの人に惹かれてしまう自分”の中に、何か学ぶべきことがある。それが解けるまで、違う形で同じテーマがやってくる。それが、カルマが“繰り返す”という意味なんだと思う」
彼女は、少し間を置いてから、ぽつりと言いました。
「じゃあ、私がこの関係を終わらせるためには……彼を断ち切ることよりも、私の中にある“テーマ”を見つめることが先ってこと?」
私は、きっぱりと肯定しました。
「そう。どれだけ彼を遠ざけても、自分の中にそのパターンが残っている限り、また別の誰かが、同じ“役割”で目の前に現れる可能性がある。だからそ、“終わらせる”っていうのは、相手を切り捨てることじゃなくて、
自分の内側の“繰り返し”をほどいていくことなんだと思う」
そのとき、彼女の表情が少しだけ柔らかくなったように感じました。
私たちは皆、何かしらの“心のパターン”を持って生きています。
それは、無意識のうちに形成されたものであり、
ときに、それが自分自身を苦しめてしまうこともあります。
けれど、そのパターンに気づき、それを見つめる勇気を持ったとき──
カルマは、「罰」ではなく、「癒しの入り口」に変わっていくのです。
彼女はその扉の前に、静かに立っていました。
そして私は、そっとその扉を見つめる彼女の隣に、今も立ち続けているのです。
第3章:愛のパターンを解きほぐす──カルマを癒す方法

「本当に、不思議だなって思うの」
電話の向こうで彼女は、ぽつりとつぶやきました。 その声は、どこかあきらめとも受け取れる静けさをまとっていました。
「あの人とは、前よりも慎重に会ってるつもりだった。 自分の気持ちが入りすぎないように、一歩引いていたし、期待もしていなかった。 ……それなのに、また、同じようなことで、たとえば彼から連絡が来なかったとか、期待していた反応がなかったとか、“相手が見せる無関心や冷淡さ”でいちいち深く傷ついてしまっているの」
彼女はため息をついたあと、少しだけ笑いました。 自分で自分に呆れているような、でもどこか納得しているような── そんな微妙なニュアンスが伝わってきました。
私は、その気持ちがよくわかりました。 むしろ、彼女の中で何かが“ほどけ始めた”ように感じられました。
「傷ついた」こと自体が、悪いわけではありません。 それは、感じる力がある証拠です。ただ── なぜ“同じような場面”が繰り返されるのか。 それを、私たちは軽く見過ごしてしまいがちです。
「偶然」──そう思えば楽になります。 「運が悪かった」──そう決めてしまえば、もう考えなくて済みます。
でも、彼女はそのどちらも選びませんでした。 「なぜなんだろう」と、自分自身に向き合いはじめました。 そこに、彼女の大きな変化がありました。
私は、そっと話を向けてみました。
「もしかして、“この関係が自分に何を教えようとしているのか”って、考えたことある?」
彼女は、一瞬だけ沈黙しました。 しかし、すぐに静かな口調で続けました。
「うん。ある。ていうか……最近、そればっかり考えてたかも」
そう言って、彼女は語りはじめました。 最初の頃、彼との関係に何を求めていたのか。 それがどんなふうに変化してきたのか。 そして今、自分が何に一番傷ついているのか──
「たぶんね、あの人に冷たくされたことより、 “こんな自分になってしまった”って思うことが、いちばん苦しいの」
その言葉を聞いたとき、私はハッとしました。 そう──それこそが、カルマが浮かび上がらせようとしている“本当の問い”なのです。
私たちは、ときに誰かのことを“鏡”として見ます。 でも、それはただの比喩ではありません。
特定の人に強く惹かれたり、反発したり、深く傷つけられたりするのは、 その人を通してしか見えない“自分の一部”があるからです。
そして、繰り返される出来事は、こう告げています。
「あなたは、まだこの部分に気づいていないよ」
「ここに、まだ触れていない感情があるよ」
「また繰り返してしまった」そう感じる出来事の中にこそ、 カルマは、その輪郭をあらわにしてきます。
そしてそれは── 決して、私たちを罰するためではありません。
むしろ、「気づき」によって、 やっと“終わらせるチャンス”を届けてくれているのです。
彼女は、その夜の電話で言いました。
「私ね、もう“あの人”に執着してるわけじゃない気がするの。 ただ、あの人を通して、“私のどこが苦しんでるのか”を見てるんだと思う」
私は、深くうなずきました。
そう──まさにそこに、 カルマが“気づき”へと変わる瞬間があります。
第4章:罪悪感と向き合うとき──不倫が残す心の傷

彼女から、久しぶりに連絡があったのは、夕暮れどきでした。
電話の向こうの声は、どこか遠慮がちで、でもどこか安堵のようなものも混ざっていました。
「……少し、話してもいい?」
「もちろん。どうしたの?」
数秒の沈黙のあと、彼女はぽつりと語り始めました。
「あれから彼と別れたんだけど、なんかね、今回は、自分でもびっくりするくらい、心が静かで……」
彼女の言葉は、どこかふわりとした空気をまとっていました。前みたいに泣きじゃくることもなく、怒りをぶつけることもなく、ただ、淡々とした調子で自分の気持ちを話してくれました。
「まだ毎日、思い出してしまう。でも、前と違うのは、自分を責める気持ちが、少しだけ薄くなってるって気づいたこと」
「それは大きな一歩だよ」
「……そうなのかな」
彼女の言葉のトーンは、どこか戸惑いを含んでいました。許してはいけないと思っていた自分と、少しだけ楽になりたいと願う自分。その狭間で揺れているのが、伝わってきます。
「前は、“こんな私だから、彼を傷つけた”って思ってた。でも今は……あのときの私は、あのときの自分なりに精一杯だったんだって、少しだけ思えるようになってきた」
「それって、すごく大事な気づきだと思うよ」
「ありがとう……。でもまだ、心のどこかで、自分に『それでいいの?』って問いかけてる自分もいて……」
彼女の心のなかで、何かが静かに変わろうとしている。そんな予感を感じながら、私はそっと耳を傾け続けていました。
「なんでこんなに苦しいんだろう……」
彼女の声は、深い嘆きの中から絞り出されるようだった。
「彼と別れたのに、なんで心が軽くならないんだろう。終わったはずなのに……」
「それだけ、彼のことを想ってたってことじゃないかな」
私がそう言うと、彼女は首を横に振った。
「それもあるけど……違うの。罪悪感がずっと消えないの」
「罪悪感?」
「うん。自分がしてしまったことが、ずっと心の中に残ってる。彼の家庭を壊してしまったかもしれないとか、彼の奥さんや子どもに申し訳ないとか……。それに、私の家族にも嘘を重ねてた。裏切ってたんだよね……」
「そっか……」
彼女の声が震えていた。
「自分がやったことの責任から、逃げられないんだと思う。でも、それが苦しくて、どうしていいか分からない。どうしたら、こんな気持ちから解放されるんだろう……」
「うん、分かるよ。その気持ちはすぐには消えない。でも、その罪悪感を感じられるってことは、自分の行動をちゃんと見つめてる証拠だよ。そこから、どうやって前に進むかを考えることが大事なんだと思う」
「……そうだね。逃げちゃダメだよね」
その一言に、彼女自身の中で小さな変化が起きた気がしました。
「苦しみの中にいるときって、逃げ出したくなるよね。でも、逃げないで見つめ続けたら、きっと少しずつ変わっていけるんじゃないかな」
彼女は、受け止めるように小さくうなずいたようでした。
「ねえ……あのとき、彼に言えなかったことが、今もずっと胸に引っかかってるの」
「どんなこと?」
「彼が、私を必要としてくれてたことが、すごく嬉しかったの。でもその嬉しさを、素直に伝えられなかった」
「……それは、なぜ?」
「たぶん……自分にそんな価値はないって、どこかで思ってたから」
その言葉を聞いたとき、私は何も言えなくなりました。彼女がどれだけの時間を、その想いとともに過ごしてきたのか、理解したからです。
「ほんとは、彼のこと、すごく大事に思ってた。ちゃんと支えたかった。でも私、いつも自分に自信がなくて、怖くて……だから余計に、意地を張ったり、突き放したりしてた」
「……うん。わかるよ。その気持ち」
「彼を傷つけたのも、自分のなかの不安や、怖れや、どうしようもない欠乏感……そういうものに振り回されてたせいだと思う」
彼女の声は、だんだんと震えてきた。それは涙声ではなかったけれど、心の奥にある長く閉ざしてきた扉が、ゆっくりと開いていくような、そんな響きでした。
「今さら言っても遅いのはわかってる。でも、ちゃんと伝えたかった。あのときの私は、ほんとは……ほんとは、彼の愛に、救われてたんだって」
静かに、深く、彼女の言葉は夜の静けさに溶け込んでいった。
「ちゃんと伝えたかった」──その言葉が耳に残って、しばらく私は返す言葉を探していました。
彼女の告白は、ただの後悔ではなかった。長い時間をかけてようやく輪郭を持った、深い感情の結晶でした。
「それを、今こうして言葉にできたことが、すごく大切なんじゃないかな」
私がそう伝えると、電話の向こうでかすかに息を呑む音がしました。
「……そうだといいな。今さらって思いが、どうしてもよぎるんだけど……それでも、やっぱり言えてよかったって、少し思ってる」
「それで十分だよ。誰に向けてじゃなくても、自分のなかにしまってた気持ちを、ちゃんと形にすること。それだけで、人は変われると思う」
「……うん。ありがとう」
声は小さかったけれど、その「ありがとう」には、確かな重みがありました。
そのあと、彼女は少しだけ笑って、「不思議だね、話してると、少しずつ楽になる」と言いました。
私は、「うん、それでいい」とだけ応えました。
彼女の心のどこかで、何かが静かにほどけていく──その過程を、私はただそばで見守ることしかできなかったけれど、 それが今、確かに“癒し”という形になりつつあるのを感じていました。
「ほんとは、彼の愛に救われてたんだって」
電話越しの彼女の声は、少し震えていたが、その言葉には確かな実感がこもっていました。
「彼との関係が、間違いだったって言いたいわけじゃない。ただ、あのときは、自分の寂しさを埋めたくて、彼にすがっていたのかもしれない。結果として、彼の家庭を壊してしまったかもしれないし、私自身の家族にも嘘を重ねてしまった……」
「それに気づけたのは、すごく大きな一歩だと思うよ」
「でも、その罪悪感が今も重くのしかかってる。自分のことばっかり考えて、家族を傷つけたって……」
「そうやって、自分のことをちゃんと見つめてるじゃない。大事なのは、そこからどう変わっていけるかだと思うよ」
「そうか……。罪悪感に押しつぶされそうで、でも、その気持ちを消し去ることはできないから、余計に苦しいんだね」
「そうだね。でも、その気持ちを無理に忘れようとしなくてもいいと思う。罪悪感を感じる自分を許すことができたとき、少しずつ変わっていけるんじゃないかな」
「うん……。そうだね、逃げないで向き合ってみる」
その瞬間、彼女の声に、ほんの少しだけ希望の色が差したように感じました。
彼女が過去を振り返り、そこから学ぼうとしている姿勢──それこそが、カルマを解放していくための第一歩なのかもしれません。
第5章:カルマをほどいて前へ──不倫の繰り返しを終わらせるために

春が訪れ、少しずつ日差しが柔らかくなってきた頃、彼女からまた連絡がありました。
「ねえ、最近ね……少しずつだけど、自分のこと、前より大切に思えるようになってきた気がするの」
その言葉を聞いて、私は自然と笑みがこぼれました。
「あの頃は、自分なんかダメだって、いつも思ってた。でも、今はちょっとだけ、自分に優しくしてあげたいなって思えるようになったの」
「それは、すごい変化だね」
「うん。ほんの少しだけど……でも、ちゃんと感じてるの」
彼女の声には、以前にはなかった芯のようなものが宿っていました。揺れながらも、自分の足で立とうとする意志。その響きが、電話越しに伝わってきたのです。
「先週ね、学生時代の友人と久しぶりに会ったの。何年ぶりだろう……でも、すごく自然に話せて、自分のことも少しだけ話せた」
「いい時間だったんだね」
「うん。その人に、『昔よりずっと穏やかになったね』って言われたの。……嬉しかった」
その言葉に、彼女がどれだけ救われたのかが伝わってきました。
「人と話してて、ようやく気づいたの。私、過去にばかりとらわれて、自分の変化に目を向けてなかったなって」
「それって、自分をちゃんと見つめる余裕が出てきた証拠だよ」
「……そうかも。ようやく、少しずつ過去と和解できてるのかもしれない」
彼女の中で何かが静かにほどけ、そして新しい何かが芽吹きはじめている。そんな気配を感じながら、私は彼女の言葉に、ただそっと耳を傾けていました。
「ふと思ったんだけど……あの人とは、もう二度と会わないかもしれないって、最近は自然に思えるようになったの」
「そうなんだ」
「前は、忘れたくないって気持ちと、忘れなきゃって気持ちがぶつかり合ってた。でも今は、『もう会えないかもしれない』って思うと、どこか静かに受け入れられる」
「それは、大きな変化だと思うよ」
「うん……自分でも驚いてる。寂しさがないわけじゃない。でも、そこに執着がなくなってきてるのかもしれない」
「それって、きっと彼を本当に大切に思っていたからこそだよ」
「そうなのかな。……もしそうなら、ちょっと嬉しいな」
電話の向こうで、彼女がかすかに笑ったのがわかりました。その笑みは、どこか遠くを見つめるような、静かなやさしさをまとっていました。
「もう無理に忘れようとしなくてもいいって、自分に言ってあげられるようになったの」
「忘れることが癒しじゃなくて、受け入れることが癒しなんだろうね」
「……うん。きっとそうなんだと思う」
彼女の言葉を聞きながら、私は改めて思います。
癒しとは、決して「なかったこと」にすることではない。痛みの存在を認め、それでも前を向いて生きようとする、その姿勢そのものが癒しなのだと。
「最近ね、不思議とまわりの景色が前より鮮やかに見えるの」
彼女がぽつりと言ったその言葉に、私は少し驚いきました。
「春の空の色とか、街路樹の若葉の緑とか。今までは心に余裕がなくて、気づかなかったのかもしれないけど……なんだか、やっと“今ここ”に目が向いてる気がするの」
「それは、すごく大事な感覚だと思う」
「うん。少し前の私だったら、未来のことばっかり考えて、不安になってた。でも、今は“今日を丁寧に生きる”って感覚が、少しだけわかってきた気がする」
「……ほんとに、すごく変わったね」
「ありがとう。自分でも、ちょっと信じられないくらい」
彼女は変わった。けれどそれは、“別の人になった”ということではなく、“本来の自分に還ってきた”ということなのだろう。
彼女の内面にあった柔らかさや、あたたかさ。それらが傷の奥から再び姿を現しはじめた今、ようやく彼女は“自分”という存在を、やさしく抱きしめられるようになったのかもしれません。
「……ねえ、ひとつだけ、まだ怖いことがあるの」
「うん、なに?」
「もしまた、誰かを好きになったら……同じことを繰り返しちゃうんじゃないかって」
その言葉に、私はすぐに答えを返せませんでした。
彼女の不安は、過去を乗り越えた人だからこそ持つ、誠実な問いです。自分を責めるのでもなく、過去に戻るのでもなく、「前に進みたい」と願う心から出た言葉でした。
「……その怖さを持ててることが、すでに前とは違う証拠だと思う」
「そうかな……?」
「うん。無自覚に繰り返すんじゃなくて、ちゃんと“気づいている”ってことだから。きっと、その感覚が、同じ道を選ばないための灯りになると思うよ」
彼女はしばらく黙っていました。
「……そうだといいな」
「不安があるのは、優しさの裏返しなんだよ。人を大切に思うからこそ、傷つけたくない、傷つきたくない。だから怖くなる」
「……そっか。そういうふうに思ったことなかったな」
「大丈夫。怖さを感じてるあなたは、もう同じ過ちは繰り返さないと思う」
そのとき彼女が「ありがとう」と言った声には、ほんの少し涙声が混じっていた。
それは、後悔の声ではなく、どこかほっとしたような、柔らかな響きだった。
「今でもね、ときどき彼のことを思い出すの」
「うん」
「でも、前と違うの。懐かしさとか、感謝の気持ちみたいなものが混ざってて……少しだけ、やさしい記憶になってきた気がするの」
彼女の声には、過去にしっかりと向き合ってきた人だけが持つ、静かなあたたかさがにじんでいました。
「それは、あなたのなかで“彼との関係”が少しずつ癒されてきた証なんじゃないかな」
「そうかもしれない。たしかにまだ完全には整理できてない。でも、前みたいに責めたり、否定したりはしなくなった」
「自分の中にある“愛”を、ちゃんと見つけられたからだよ。たとえそれが叶わなかった関係でも、そこに確かに“愛があった”ってことは、本物だったから」
「……うん、ありがとう」
その言葉に込められた感情は、決して大げさではないけれど、確かなものでした。
心の中にわだかまっていた感情が、ようやく輪郭を持ち始め、それが“自分の歴史”として受け入れられていく──そんな静かなプロセスが、今まさに進んでいるように感じられました。
「ねえ……今、少しだけ“幸せ”って気持ちに近いかも」
彼女がぽつりとこぼしたその言葉に、私は深くうなずきました。
「それは、きっと“安心”と“自己肯定”が重なった場所にある感情なんだろうね」
「うん……かもしれない。前は、“幸せ”って何か特別な出来事のなかにあるものだと思ってた。でも、こうして誰かと心を通わせられること、自分の気持ちを素直に言えること──それがもう、幸せなのかもしれないって」
「それに気づけたあなたは、もう大丈夫だよ」
「そう言ってもらえると、すごく心強い……」
彼女の声は、どこか凛としていて、これまでの迷いや揺らぎを包み込むような落ち着きを帯びています。
癒しとは、ゴールに到達することではなく、こうして“自分の現在地”を肯定できることなのだろう。
そしてその地点に立てたということ自体が、これまでのすべての経験が、確かな意味を持っていた証なのです。
電話の終わり際、彼女がそっと言った。
「ありがとう……きっと、もう大丈夫」
電話を切ったあと、私は窓辺にたたずみ、春風にそよぐ木々の様子を眺めていました。
彼女の物語は、静かに、しかし確実にひと区切りを迎えていました。
まだすべてが癒えたわけではない。 完璧な未来が待っているわけでもない。
けれど、それでもなお、彼女は「生きていくこと」を確かに選んだのです。
誰かを愛したこと、傷ついたこと、自分を見失いそうになったこと。 それらすべてが、無駄ではなかったと、自分自身に言えるようになるまで。
カルマとは、過去の清算ではなく、魂が成長するための問いかけなのかもしれません。
そしてその問いに、真摯に向き合った彼女の姿は、 同じような痛みを抱える誰かにとって、小さな光になることでしょう。
彼女の物語は、まだ続いていきます。
でも今なら、私も迷いなく言えます──
「きっと、もう大丈夫」
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